原子力安全・保安院

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組織

原子力規制委員会:安全を守る砦

平成二十三年三月十一日に発生した東日本大震災は、未曾有の被害をもたらしました。特に、東京電力福島第一原子力発電所の事故は、原子力利用における安全神話の崩壊をまざまざと見せつけ、国民に大きな衝撃と不安を与えました。この事故は、従来の原子力行政の在り方に深刻な疑問を投げかけるものでした。 事故以前、原子力の推進と規制は、経済産業省という同じ省庁の中で行われていました。この体制は、原子力利用の促進を重視するあまり、規制の独立性や透明性が十分に確保されていないのではないかという懸念を内外から招いていました。推進と規制が一体となっている構造は、規制の厳格化や情報公開の促進を阻害する要因となりかねないからです。 そこで、この重大な事故を教訓として、二度と同じ過ちを繰り返さないという固い決意のもと、原子力行政の抜本的な改革が行われました。具体的には、経済産業省から原子力安全・保安院を分離し、規制機関を推進機関から完全に独立させることになりました。そして、内閣府の原子力安全委員会と統合する形で、平成二十四年九月に原子力規制委員会が創設されたのです。 原子力規制委員会は、原子力の安全規制を一元的に担う機関として、高い専門性と独立性を持ち、透明性の高い意思決定を行うことが求められています。国民の生命と財産、そしてかけがえのない環境を守るためには、原子力利用における安全確保を最優先に考え、厳格な規制を行うことが不可欠です。原子力規制委員会は、その重責を担う砦として、国民の信頼に応えるべく、不断の努力を続けていく必要があります。
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原子力安全・保安院とその役割

原子力安全・保安院(略称原安院)は、2001年の中央省庁等の整理統合、いわゆる省庁再編によって新しく設立された組織です。経済産業省の外局として位置付けられ、国民の暮らしや経済活動を支えるエネルギー供給の安全確保を主な目的としていました。その活動範囲は原子力発電だけでなく、電気、都市ガス、高圧ガス、液化石油ガス、火薬類、鉱山と、多岐にわたるエネルギー資源を対象としていました。 現代社会はエネルギーに大きく依存しており、エネルギーの安定供給は私たちの生活や経済活動にとって必要不可欠です。暮らしを支える電気、暖房や調理に欠かせないガス、産業活動に不可欠な電力や燃料など、あらゆる場面でエネルギーが利用されています。これらのエネルギー源を安全に利用できるよう、原安院は様々な活動を行っていました。具体的には、エネルギー関連施設の安全審査や検査、事故の発生を防ぐための規制の策定や運用、事業者に対する指導や監督、国民への情報提供などです。また、国際協力を通して、世界のエネルギー安全保障にも貢献していました。 原安院は、エネルギーの安全利用に関する専門的な知識や技術を持つ職員を擁し、科学的根拠に基づいた活動を重視していました。これにより、国民の信頼を確保し、安全なエネルギー供給体制の構築に尽力していました。しかし、2011年の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故を契機に、原子力安全規制体制の見直しが行われ、2012年に原子力規制委員会が発足しました。それに伴い、原安院は廃止され、その役割は原子力規制委員会を始めとする他の組織に引き継がれました。